高市早苗総裁時代に突入。地獄の中で、ささやかな喜びを見つける方法【適菜収】
【連載】厭世的生き方のすすめ! 第13回
◾️小さなことに喜びを見出す
世の中、暗いニュースが多い。街を歩けばロクでもないことばかり。生きていて本当に面白いと思えることはあまりない。それでもごくたまに面白いことが発生する。「僥倖」という言葉もある。だから「なにもしないで待ってみる」のもいい。
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今年の3月、煮魚がおいしい店を見つけた。夜は割烹料理屋で、不定期でランチをやっている。ランチの煮魚は1日5食限定で、安くて味は洗練されている。私は魚が好きなので、早めに行って煮魚を食べるようになった。たまに行列ができて煮魚が売り切れになることもあるが、そのときは仕方がないので別のメニューにする。
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通っているうちにいろいろなことがわかってきた。毎回必ずいる常連のジジイがいる。サングラスをよくかけている。なにをしている人間なのかわからないが、その店の煮魚の価値がわかるのだから、それほど変な人間ではないだろうと当初は思っていた。一度、そのジジイの後ろに並んでいるとき、汗臭くて仕方がなかったので、店の中ではなるべく離れて座るようにした。
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そのうち腹が立つようになってきた。自分のことを棚に上げていえば、「毎回昼から煮魚を食いやがって」と。おそらくジジイも私のことを不審に思っていたと思う。「あいつはいつも来ているけど、昼間からなにをやっているんだ」と。
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あるとき、ジジイが行列の6番目になった。私は5番目だった。私の前に並んでいる人が全員煮魚を注文したら、ジジイは煮魚にありつけなくなる。私は少し心が踊った。ジジイががっかりするところを見たくなったのだ。しかし私の2つ前に並んでいたおばちゃんが、天ぷら定食を頼んだため、その望みは絶たれた。
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やがて「僥倖」が訪れた。先日その店に行くとジジイが並んでいなかった。珍しいこともあるなと思ったが、次に行ったときもいかなかった。翌週、店が空いていたので、店の女将に「いつも並んでいるサングラスのジイさん、最近見かけませんね」と言うと、女将は腕で大きなバッテンを作った。私が「なにかあったんですか」と聞くと、出入り禁止にしたという。女将が朝、店の前を掃除するとき、植えてある松の木の葉が切られていることに気づいた。以前にも同じことがあったので、警察に通報。防犯カメラをつけようかと相談していたときに、犯人はサングラスのジジイだったことが判明した。
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一体何のためにそんなことをしたのか。松の木の形が気に入らなくて剪定するためにわざわざハサミを持参したのか。趣味人か。いずれにせよ、ジジイは行く場所を失い、煮魚を食うことができなくなったのである。
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面白すぎる。世の中はまだ捨てたものではない。私は鬱々とした気分が吹っ飛び、なぜ犯人がサングラスのジジイだと判明したのか、肝心なことを聞きそびれてしまった。今度聞いておく。
文:適菜収
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